2010年04月24日

◆子育て版 蓼(たで)食う虫も好きずき

子どもたちと車で出かけた時、見事に咲いた八重桜を見つけた。
わた菓子みたいできれいだね、などと言いながらとスピードを落とし、
今が見ごろの花に感動していた。

ところが横で冷静な人が一人。
「お母さん、うんてん中でしょ、あぶないよっ。」
えっ、この子はこの花のきれいさが分からないのか。
心がないことにがっかりしてしまった。

数日後、二女が摘んで 花瓶にさしてあったタンポポが、
花を終わらせ綿毛になっていた。
私はもう終わりだからと捨てようと思い二女に声をかけた。
桜を愛でる心のない人だから、興味ないかと思いながら。

「うわぁお母さん! すごーい!! きれいなわたげ〜。
 そのうちお部屋中に綿毛がふわふわぁっと飛ぶよ〜、きれいだろうなぁ!」

そうか。
この子には満開の桜より、一輪のタンポポのがきれいに見えるのだ。
自分の価値観ばかり押し付けていた自分に気付いた。

それにしても綿毛を部屋に飛ばすことだけはやめていただきたい。
posted by クロ at 00:32| Comment(12) | TrackBack(0) | 子の気持ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

◆子育て版 虎の威を借る狐

子どもが小さなころから才能を見抜いて
その道で有名になる、という話はテレビなどで聞いたことがある。
そういう親御さんたちは、自分の子どもがどんどん活躍していく姿を
自分のことのようにうれしく、心から応援していることだろう。

私は…、逆だった。
どんなことにおいても自分は子どもより優れていて、
子どもからは手の届かない場所になければならない
という気持ちがあった。
そうでないと、自分の威厳が保たれないと感じて
子どもが自分以上の力を発揮するのを 極端に怖がっていたように思う。
子どもの能力を伸ばしたい と願う母は、
子どもを通じて自分が手柄を立てたいのではないか、と疑ったりもしていた。
虎の威を借る狐ならぬ子どもの威を借る母親。
全く私は ひねくれていた。

私の子どもだといってもその子は私とは別の人間で、
私とは違った個性を持っている。
そのことを理解することができなくて、
子どもに 私が辿ってきた道をそのまま歩ませようとしていた。
それも私を超えないように。
何とも気の毒なことをした。

ボールの扱いがうまくなった長女は、確かに私を超え始めた。
超えられた今、私はみじめな思いは全然していない。
むしろ誇らしい。
自分を飛び越えて大きく育つ子ども、
そしてその親の気持ちがやっとわかり始めた。

またひとつ、子どもに教えられた。

posted by クロ at 00:31| Comment(12) | TrackBack(0) | 親の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

◆子育て版 鑿(のみ)と言えば槌(つち)

夫が一週間出張に行くことになった。
出発の前夜、
「お母さんのお手伝いをして下さいよ。」
と 子どもたちに100円ずつ握らせていた。
お駄賃の先払いといったところか。
たまにはこんなサプライズもあってもいいだろう。

私は 子どもをお金で動かすのはあまり好きではないので
お手伝いといっても 特に役割は決めずに
子どもたちの様子を見ることにした。
「決まったことをすることだけがお手伝いではないよ。
相手のことを思ってするのがほんとのお手伝いだからね。」
と話はしておいた。
さて、どんなことになるだろうか。

みんなそれなりに手を貸してくれた。
時には手を出さない事も 立派なお手伝いだということも考えてくれたようだ。
夕食の支度の頃になると、息子は張り切ってエプロンをつけ
「なにかやってほしいことがあったらいってね。」
と待機してくれていた。
いつもなら「やりたいやりたい。」としつこくて
余計に手を煩わせていたのに。

姉二人も、同じようなことを考えて、
上手にお手伝いをしてくれた。
おかげで家事ははかどった。
意外とうちの子気がきくな、と感心してしまった。

100円の効果かもしれない。
でもそのおかげで人の役に立つというのはどういうことか、
自分なりに考えるきっかけになったと思う。
夫に感謝。
posted by クロ at 00:58| Comment(20) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

◆子育て版 筍親まさり

昨日に引き続き、球技の話。
私は運動が苦手だったが、バスケットボールでも重要な役割を果たしていた。
ドリブルもパスも下手なのにどうして?
それは、ゴールを守る人。
背が高いので、相手のシュートしたボールを上から叩いて入れさせない。
ただ、背が高いというだけで活躍できていた。
走らなくてもいい、パスを受けなくてもいい、楽な役割だった。
かっこよくボールを扱う子は私にとって憧れだった。

今、娘がそのあこがれの存在になってきている。
4年生の最後のクラスの寄せ書きには
「バスケがうまくてびっくりしたよ。」
と書いてくれている子もいた。
多分娘には自信となったことだろう。
今年も部活を頑張る、と言っている。

私に似なくて、良かった。
たとえ子どもでも、親より優れた所はあって、
そこを十分伸ばしていけたら素晴らしいと思う。
頑張ってほしい。
posted by クロ at 00:46| Comment(8) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

◆子育て版 逃げるが勝ち

私が子どもの頃、ドッジボールではある意味とても活躍した。
運動が苦手だった私は、ボールを触るのも嫌で、
ドッジボールの時はいつも逃げ回っていた。
そして最後に残ってしまう人。
私が当たってしまえば負ける。
逃げるが勝ち。
いつも ものすごい声援を浴びていた。

それと同じ話を長女から聞いた。
ドッジボールではいつも残るのだ、と。
さすが親子、こんな所も似るものだ、と感心していたが、
先日ボールを受け止めることができたと 得意げに話してくれた。

去年から部活が始まって それほど得意ではなかった(と私は思っていた)運動部に入った。
一年で、随分ボールの扱いに慣れたようだ。
家でキャッチボールをしても びっくりするほどしっかり投げられるようになっている。

ボールが嫌いで逃げ回っていた私。好きではないけど練習して上手くなれた娘。
逃げなかった娘の勝ちだ。
posted by クロ at 00:54| Comment(16) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

◆子育て版 物は言い残せ菜は食い残せ

ご近所さんが、外で遊んでいる幼稚園のお兄ちゃんの様子を見に来ていた。
そのお宅の中からは10カ月の弟くんの泣き声が聞こえていた。
数日前から調子が悪く、機嫌が良くないと聞いていた。
「弟くん、泣いてるよ。」
と知らせようかと思った時、ふと自分の昔がよみがえった。

泣いているのはわかっている。
調子が悪いから外には出せないのだ。
そして自分は一日中泣かれて気が滅入っている。
でも、上の子は外で遊んでいるから 時々見に行かなきゃいけない。
そんなとき「泣いてるよ。」と わかりきったことを言われて 嫌だったことを。

『何にも事情を知らないのに言わないでほしい。』
神経質な上 ひねくれていた私は
親切で言って下さった言葉も素直に受け取れなくなっていた。
泣かせたまま家に置いておく自分が 『ダメな母』だと
責められているようにすら 聞こえてきていた。

少々泣いても大丈夫なように、
安全な場所に寝かせて出てきたはず。
あの優しいお母さんが 気にしていないはずがない。
大丈夫だ。もうちょっと激しく泣き始めたら言えばいい。

言い残して通り過ぎた。
posted by クロ at 00:52| Comment(6) | TrackBack(0) | 親の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。