2010年04月06日

◆子育て版 三十九じゃもの花じゃもの

PTAで 知り合った人たちとのランチ。
昨年度 一年間一緒に過ごしてきたのだが、
まだお互いの年齢は 知らないままだった。

『ところでみなさん何歳ですか?』
の話題に 誰が先に言うか探り合いになった。
「私、この前やっと40になったよ。40になった時、うれしかったぁ。」
と、私がきり出すと、一瞬空気が止まった。

私の周りには、40を過ぎてから更に素敵に輝いていらっしゃる方がたくさんいる。
ブログを書いていらっしゃる方でも、年齢問わず憧れる方が多い。
歳を重ねていくと、何が見えてくるのか楽しみだった。

シーンとなった後、「えーーっすごーい、かっこいいー!!」
ものすごく感心されてしまった。
その場にいた全員が、そんなこと思ったことがなかったと。

思えば辛い30代だった。
結婚してすぐ たてつづけに3人の子を授かり夢中で育児。
自分の体も心も環境も、すべてどんどん変わっていってしまう。
適応するのに必死だった。慣れる間もなく子どもは成長していく。
外に出ていく精神的な余裕が全くなかった。
なので自分の視野はどんどん狭くなっていった。

そして今、末っ子が幼児から児童へ。
だいぶ手が離れた。
私の役割は、手をかけるより心を支えることに変わりつつある。
自分の時間が前より多く取れるようになった。

私はやっと自分の人生を進むことができる。
というより『自分の道を進んでいいのだ』と、
自分を解放することができるようになった。

四十じゃもの、もっと生き生きしたお母さんで、
子どもにもかっこいいと思ってもらえるように努力していきたい。
posted by クロ at 23:55| Comment(18) | TrackBack(0) | 親の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

◆子育て版 一を聞いて十を知る

子どもにこれを求めるのは無理な話だが、
せめて 一を聞いたらその一つだけでいいから理解してほしいと思う。

例えば、
「戸棚におやつをしまっておいたから食べていいよ。」
と言っておいたとする。
午後、お腹がすいたころになると誰かが必ず聞きにくる。
「お母さん、戸だなのおかし 食べていいの?」
それは先に話しておいたことだ。

この春休み、子どもたちの様子を見ていて
人の話きちんと聞く習慣をつけていかないといけないと つくづく感じた。
進級して、少しずつ難しいことに取り組むようになっていくのに、
いちいち先生の言われることをくりかえし聞いているようでは困る。

最近は 一度言ったことはすぐにくり返さずに、
私がどんなことを言ったのか、思い出させるようにしている。
posted by クロ at 00:26| Comment(13) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

◆子育て版 足が地に付かない

足を地に付けたくなかった二女の話。

新しい運動靴を買った。
上に姉がいるので お古を使わされることが多い二女は、
自分のために 新しいものを買ってもらって とても喜んでいた。

何度も何度も眺めては、履くのがもったいないと言っていた。
そして今日、買い物に出かける時 その靴を履いていく決心がついたようだ。

出かける前から家の中で履いてうろつく二女。
「行くときになったら呼んでね。」と言われていたので声をかけると、
靴のまま わざわざ2階に上がった。
「もう一回『いくよー』って言ってぇ」

なんてめんどくさい女。

長女と声を合わせて呼ぶと、
ご機嫌で手を振りながら下りてきた。
そしてそのまま外へ。

これがやりたかったのだ。

外に出ても、「よごれちゃうよごれちゃう」と言いながら 小走りで、
時々ベンチやガードレールに腰かけては
両足をピンと伸ばして 靴が地面に付かないようにしていた。

これだけ喜んでくれれば買った甲斐があるものだ。
どうか しっかり足を地につけてしっかり歩んでいってくださいよ。
posted by クロ at 01:14| Comment(6) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

◆子育て版 類は友を呼ぶ

長男の友だちが遊びに来た。
仲良く遊んでいるが、会話はない。
ゲームをしているわけでもない。

この二人、何を持っても戦闘態勢なのだ。
消しゴムでも、ビスケットでも、洗濯バサミでも、
手に持つものは何でも戦いのツールにしてしまう。

発するのは言葉ではなく『音』である。
「ヒューーードドドド ババーン ウ〜ウ〜 ドッカーン ゴゴゴゴ ガシーン・・・」
ずっと聞いていると、見事に会話がない。
延々と、『音』ばかりである。

長男は、一人で遊んでいても いつも『音』を発している。
私が料理している横で、
「ポン、チョッキン、ゴシゴシ、キュッキュ」
などと私の仕草のひとつひとつに擬音を加えて遊ぶほどだ。
軽くうっとうしい。

家に遊びに来る友だちも同類だったとは。
まさにこのコトワザ通りだった。
posted by クロ at 00:17| Comment(20) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月02日

◆子育て版 情けは人のためならず

私はとうに忘れていたことだった。

友だちに2人目が生まれた頃、3歳のお姉ちゃんにも手がかかり、
どうしてもお姉ちゃんの悪い所ばかり目について
怒ってばかりだった時期があったそうだ。
そんなとき、私がそのお姉ちゃんのことを褒めてくれたことがうれしかったと。
そのことを5年たった今でも覚えていて 昨日話してくれた。

何を褒めたのか忘れてしまったが、
健気にお母さんのことを助けようとしている姿に感心したのだと思う。

それを今のタイミングに話してくれたのがすごく私の勇気になった。
私でも、こんな風に人を元気づけることができるんだと 気づかせてくれたから。
自分の子どもたちにも、
こんなに 心に残る言葉をかけてあげられるようなお母さんにならなくちゃ。
仕事に就いても、こんな いい人間関係が築けるようになりたい。

5年前に何げなく言った言葉が、自分に返ってきて 私を元気にしてくれた。
posted by クロ at 00:28| Comment(10) | TrackBack(0) | 親の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

◆子育て版 女の知恵は鼻の先

長男(つまり三人目)を妊娠中、頻繁に出血していた。
こんなことを話すと、なんてひどい母親だろうといわれるだろう。
私は、お腹の子より、今目の前にいる2人の娘のが大事で、
出血することはたいして重大なこととは感じていなかった。

「安静に。」と言われていたが、
幼い子2人もいて安静になんてできるわけない、
と、無理を重ねていた。

結局2週間入院することになってしまい、
娘たちは母に見てもらった。
入院中、一緒にいてやれない事で、
淋しい思いをさせているのではないかと言うことばかり気になり、
お腹の子から気持ちがどんどん離れていっていた。
『出てきたいのなら自分でしっかりしがみついていなさい。』
などと、今思えばそれは冷酷なことを考えもいた。

ある日、毎日の検診で心音が聞き取れない時があった。
「あれっ、あれっ。」と音をさぐる看護師さんを見て、血の気が引いて、
私の気持ちが通じてしまったのかとものすごく動揺した。
結局場所を移動していて 聞きにくかっただけだったのだが、
本当にとんでもないことを考えていたと気付いた。
その時から三人とも大事だという気持ちに変わった。

預けていた娘たちは、それなりに楽しく過ごさせてもらっていたようだ。
私が考えるよりずっと子どもたちは逞しかった。
退院後、2カ月自宅で安静にして、母には毎日通ってもらった。

そんな周りの愛情を受けて、元気に誕生した息子。
こんなにきれいな赤ちゃんがいるのか、と思ったほど愛おしかった。
その子も元気に大きくなり、今では無くてはならない存在だ。

出血して、入院したらどうしよう、子どもたちが淋しがる。
安静にしていて家事はどうなるのだろう、母にも迷惑をかけてしまう。
なんて、目先のことにとらわれて、
ひとつの命を失くすところだった。
考えるだけでもぞっとする話だ。
posted by クロ at 01:02| Comment(16) | TrackBack(0) | 親の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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