2010年10月31日

子育て版 うかうか三十きょろきょろ四十

遊び呆けていた二十代、
お金も時間もたっぷりあって、すべて自分のために使うことができた。
自分勝手でワガママし放題だった。

そして迎えた三十代。
夫に続き、子が三人、次々と私の人生に入ってきた。
今まで自由だった私にとっては
気付けば煩わしい存在ですらあった。
といっても自分で選択してそうなったのだけれども。

自分のためだけの時間とお金はなくなった。
そしていろんな壁が現れた。
とてもうかうかなんてしていられない状態。
同じ屋根の下でお互いよく知らない同士、最初からうまくやっていけるはずがないのだ。
夫のとも、子どもとも。
それはそれは大変な日々だった。

四十代を迎えるころ、
なんとなく自分の生きる道みたいなものが見えてきたような気がする。

よかった。
家族のおかげで、あの人たちがいてくれたおかげで
私はしっかり生きていられる。
あの時の苦労は、私には必要な経験で、
それがなかったらまだきょろきょろふらふらと 危なっかしい人生を歩んでいただろう。

厄介だけど愛おしい家族に感謝。
posted by クロ at 01:47| Comment(10) | TrackBack(0) | 親の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月27日

子育て版 泥中の蓮

長女がお風呂に入っているところへ私も入って行った。
まだ、一緒に入っても あまり嫌がることがない。
ただ、どちらからともなくケンカを吹っかけて、険悪な雰囲気になったりすることは、ある。
そうなることを覚悟しながら、
でもお姉ちゃんとはあまり接する時間がないので、意識して一緒に入るようにしている。

その日は、わりと穏やかで、学校の様子をよく話してくれた。
みんなで今歌っている歌があるんだけど、と教えたそうにしていたので、
歌ってみて、と促してみた。

照れるかなと思ったが、
まったくそんな様子はなく、上手にワンコーラス歌ってくれた。
程よくエコーがかかっていたこともあるのか、
おねーちゃんの歌声が素晴らしかったのか、
なんだか涙が出そうになってしまった。
ただのお風呂の鼻歌だったが ものすごく感動してしまった。

いつも、泥沼のような親子バトルを繰り広げていても、
こんな素晴らしい気持ちにさせてくれる、
まるで泥中の蓮のようだった。

体も心もきれいになって、疲れも吹き飛んだ。。
posted by クロ at 15:54| Comment(11) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月23日

子育て版 知らぬ顔の半兵衛

もう気がつけば年末が近づいてきている。
今年もやってくるクリスマス。
子どもたちはサンタさんからのプレゼントを楽しみにしている・・・、

はずである。

五年生の長女も まだ信じているのだろうか。
たぶんもう、プレセントは北の国からやってくるとは思っていないだろう。
薄々気づいていても、 自分から口に出すことではないと思っているのかな。
知らぬ顔の半兵衛になって わざとだまされてくれているのだろうか。

今年は思いきってほんとのことを言ってしまおうか。
私たち大人と一緒になって 妹たちを喜ばす役をさせてあげるのもいいのかもしれないな。

でももし まだ騙されていたいと思っているのなら、
もしくはまだ本気で信じているなら・・・?
慎重に様子をうかがって 夢をこわさないようにしてあげたい。
posted by クロ at 23:55| Comment(12) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月18日

子育て版 耳を疑う

家族で実家に遊びに行った。
庭で 私の弟と子どもたちが遊ぶ声を聞きながらうとうとしていた時、耳を疑った。
ほんとにびっくりして庭を見回してしまった。

「そっち行ったらいかんよ。」

まったく父の声そのものだった。
父は、私が結婚する前に亡くなっている。
夫とも、もちろん子どもたちとも会ったことはない。
いや、いつも見てくれていると信じているから、知ってはいるだろう。
‘この世では’会ったことがなないといった方がいいか。

私もよくこの庭で、父に遊んでもらった。
今、父の声そっくりの弟が 子どもたちとはしゃいでいる。
もし、今も父が生きていたら、こんな風に遊んでくれたのかな。
ほんとに残念でならない。

でも、姿を消して 私たちを守ってくれていると思えば
寂しくはないし、むしろ心強い。

お父さん、いつもありがとう。
posted by クロ at 00:01| Comment(14) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

子育て版 虎を野に放つ

門限をなくしてみた。
遊びに出掛ける前、何時に帰ってくるかを 陽の沈み加減で決めていたのだが
少し前から『暗くなる前に帰る』ということにした。
時間と母の顔色を気にして遊んでいては いつまでたっても自分で考えることができなくなってしまうだろう、と。

大変な決断だったのだが、
私も時間を気にして待っていることをしなくてよくなった。
もし遅くなってしまって何かあったらどうしよう。
心配ではあるが それはその時考えればいい、という風に思うようにした。
どこにいても 何をしていても、事故や事件が起きる時には起きるのだ。
いや、子どもに危険な目に遭わせたいという意味ではなく、
いくら私が付きっきりで見守っていても
絶対安全ということは言えないと思ったから。

だいぶ気が楽になった。
出てしまった子はもうその子の責任で遊ぶ。
暗くなってしまって怖い思いをしたとしても、
それはその子の学びになる・・・。

野に放った虎たちは、よそで何をしていることやら。
日が落ちてくるに従って、そわそわと窓からのぞいて帰りを待つ、
まだまだ子離れできていない母である。

posted by クロ at 05:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 親の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月12日

西と言ったら東と悟れ

「どうせ二女たちのがかわいいんでしょ。」
「お母さん、私に意地悪しようとして言ってるんでしょう。」
「なんで私ばっかりに言うの?」
「私はかわいくないからでしょう。」

何か注意するたびにこんな言葉が帰ってくる。
なんでお姉ちゃんばかりに言うかというと、
何回言っても聞かないから。
確かに注意する回数は、長女が一番多い。
まったくだ、おっしゃる通り。
そうだよ、そんなこと言ってばかりの子かわいくない。

それなら素直に聞けばいい。
難しいことは全然言ってない。
ベッドの布団を整えなさいとか、机の上を整理しなさいとか
当たり前のことばかりなのだ。

五年生にもなる子どもに 
毎日毎日こんなことを言い続けないといけないのかと情けなくなる。
これくらい、もう自分で見てやってよ。

本人も、十分わかってるはずだ(と思いたい。)
口から出てしまう甘えた言葉は 本心ではないはずだ。
わかっていても言わずにいられない何かがあるのかもしれない。

私は、西と言われればそのまま西と受けとめて、
いつも彼女と衝突してしまう。
言葉の裏に隠れてる『お母さん、ほんとは東なんだよ。』という気持ちを汲んでやれたら・・・。

なぁんて。
ここに書けばたやすいのだが、
実際その場に立てば、また始まってしまうのだろう。
こんな小娘に負けてたまるかと。
さて、今日もがんばるか。
posted by クロ at 05:53| Comment(8) | TrackBack(0) | 親の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。